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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1661号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人鍛冶利一の上告趣意(後記)第一点、第二点及第三点について。

よって、井出辰二に対する所論聴取書を見ると、同聴取書には、同人の供述として論旨摘録の如き記載があるけれども、同供述によってもわかるとおり、同人は当時判示家屋が被告人の所有でないことを知っていたのであり、被告人が所有者から右家屋の売買につき一切を任せられていると聞かされていたので、これを買取るため、所論の如く売買契約を締結したというのであるから、論旨援用の井出辰二の供述は、結局、将来所有者に支払うべき買受代金の内金に充当して貰う意図の下に判示小切手を被告人に託したもので、被告人との間に所論の如く売買契約を締結したのは買取斡旋のための方便としてこれを締結したという趣旨にこれを解するを相当とする。即ち、右小切手については井出辰二において前記の如くその使途を限定して被告人にこれを交付したもので、所論の如く単に被告人との間の売買契約の履行として被告人にその自由処分を許す意思の下に交付したという趣旨を、供述したものと解すべきではない。

して見ると、右井出辰二の供述は被告人が判示小切手を判示の如き委託の趣旨の下に井出のために保管していたという事実を裏書立証するに足り、従って、また被告人が該小切手についてその委託の本旨に違い判示の如き処分行為をした以上、横領罪を構成するものと言わなければならない。従って、原判決には所論の如き違法違憲はなく、論旨はその理由がない。

同第四点について。

しかし、原判決は所論金銭は製茶買受資金として被告人に寄託されたものであることを認定している。即ち、右金銭についてその使途が限定されていた訳である。そして、かように使途を限定されて寄託された金銭は、売買代金の如く単純な商取引の履行として授受されたものとは自らその性質を異にするのであって、特別の事情がない限り受託者はその金銭について刑法二五二条にいわゆる「他人ノ物」を占有する者と解すべきであり、従って、受託者がその金銭について壇に委託の本旨に違った処分をしたときは、横領罪を構成するものと言わなければならない。そして所論の金銭の中には将来被告人の受くべき利益金を包含していないことは判文上明かであるから、原判決が所論の金銭について判示の如き事実を認定して被告人を横領罪に問擬したことは相当であって、何ら所論の如き違法はなく、論旨はその理由がない。

同第五点について。

よって、記録を精査すると、原審第一、二、三、四回公判期日には被告人の疾病又は弁護人差支の理由により期日の延期申請書が提出され、被告人は右期日に一回も出頭しなかったので、右各期日はそれぞれ延期された上、第五回公判期日は昭和二五年五月二四日に指定されたのであるが、同期日には被告人も原審弁護人山田豊もいずれも無届のまま出頭しなかったので、裁判長は旧刑訴四〇四条により審理し弁論を終結した上、被告人の陳述を聴かないで同年六月二三日判決を言い渡したことがわかる。尤も、第五回公判期日の翌日(同年五月二五日)被告人の疾病を理由として医師の診断書を添えた被告人及び弁護人山田豊連名の期日延期申請書が原審に提出されているけれども、右診断書の記載もこれを従前の公判期日の延期申請書に添付された各診断書の記載と比べて検討すれば、必ずしも信用しなければならないものではないし、第四回公判期日に出頭した原審弁護人小淵方輔は、同公判において被告人の病状調査の上至急上申する旨を述べたに拘らずこれを怠り、第五回公判期日には原審裁判所に出頭し乍ら被告人の弁護を辞任したことが記録上明かであるから、これらの事実に徴すれば、原審が被告人の第五回公判期日における不出頭を正当の事由がなかったものと認め、旧刑訴四〇四条により被告人の陳述を聴かないで判決を言い渡したことは相当であるといわなければならない。

なお論旨は旧刑訴四〇四条は憲法三七条一項に反すると主張するけれども、正当の理由なくして公判期日に出廷しなかった被告人が訴訟上ある種の不利益を受けることは当然であり、従って、旧刑訴四〇四条が控訴審において再度の召喚に故なく応じない被告人に対し、其の陳述を聴かないで裁判をすることができるということを規定し、被告人にその不利益を帰せしめたとしても、それは被告人が自ら求めた結果であって、何ら人権を抑圧するものでないことは当裁判所の判例とするところである(昭和二四年(れ)第六〇四号同二五年二月一日大法廷判決参照)。して見ると、憲法三七条一項を所論の如く解することの当否は兎も角として、旧刑訴四〇四条が被告人の対審の権利を害するものでないことも右判例の趣旨に徴して明かである。従って、原審が同条を適用したことについては、何ら所論の如き違憲はなく、論旨は理由がない。

よって、刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条に従い、全裁判官一致の意見を以って、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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